ドライバーの精神状態と事故の関係




事故を事前に回避する思考パターン

 80km/hのスピードで走行車線を走っていた360ccのマイスバルは、直前を走っている大型トレーラーを追い抜くために追い越し車線にレーンチェンジ。
 バックミラーに写る姿では、遥かに後方にいたハズのシルビアが瞬く間に背後に迫ってきました。
 制限速度が100km/hのところを120km/hで走ってきたシルビアの行く手を制限速度80km/hを忠実に守っている軽自動車が塞いだのです。その差40km/hですから、秒速に直せば11.1m/sの速度差です。
 仮に、ルームミラーに写っていたシルビアが222m後方にいたのだとすれば、20秒後に横に並ぶ計算です。では走行車線にいた360ccスバルの私がルームミラーで追越車線を走ってくるシルビアを確認した瞬間から、自ら追越車線へのレーンチェンジを終えるまでに何秒必要だったのでしょう?
 ミラーを確認後にウィンカーを操作するまでに5秒、レーンチェンジに10秒、ウィンカーを戻してひと息するまで5秒、その時点でシルビアはピッタリとテールに追い付いてくるのですから、瞬く間に背後に迫ってくる訳です。
 ところが222m以上の車間距離を取って走行している状況というのは、交通量の多い東名高速道路では決して多くはありません。高速道路の推奨車間距離は通常100mですから、222mはドライバーの一般的認識ではレーンチェンジを決断するのに充分な距離なのです。
 ところが結果的にシルビアのドライバーはブレーキを踏んで減速し、私はテールを脅かされる結果になりました。ウィンカーを戻してひと息付く間もなく全力加速を開始しているのですが、前回書いたようにマイスバルはなかなか加速しません。
 120km/hで気持ちよく走ってきたのに、ノロノロと目の前に出てきた軽自動車に行く手を塞がれたシルビアのドライバーは、なかなか加速せずに追越車線を走り続ける前車に不快な思いをします。
 一方、充分な後方確認のうえに遵法速度で運転教本どおりのレーンチェンジを行ない、その後必死で加速しているにもかかわらずテールを脅かされ続けた私も徐々に苛立ちはじめます。
 大型トレーラーの前に360ccの軽自動車で割り込むのは理屈抜きに恐怖感がありましたから、私はその先を走っていた大型車よりも前まで行こうと加速を続けました。ようやく大型車に並びかけると、さらに前方に何台もの乗用車が連なって走っており、走行車線に戻ることが出来ません。
 シルビアに数分間テールを脅かし続けられた私は「追越しが終わったらすみやかに走行車線に戻らなければいけない」という基本的ルールなど完全に忘れ、苛立ちの絶頂に達していました。恐らくシルビアのドライバーも同じ思いだったでしょう。ようやく車間距離を充分に保持して走行車線を走行していたカローラを追い抜きました。
 冷静さを完全に失っていた私はハンドルを一気に左にきりました。ウィンカーを出したかどうかは覚えていませんが、115km/hの最高速度で走行しているのにステアリングを早くきりこみ過ぎてしまったのです。それまでに一度も体験した事のない、予知もできない挙動がスバルを襲ってきました。



次に起こる事を
経験的に予知する(導入編)


  『高速道路を走るトラックドライバーの心理は、空荷であれば早く帰りたいし、満載であれば減速後の再加速に時間を要するので出来るだけスピードを落とさず一定速度で走りたい。高速道路を遵法速度で走れる状況ではないのが現実。プロドライバーという定義は難しいが、トラックドライバーであれば積荷を安全確実に届けることができる事が基本なので、時間に正確で事故を起こさないドライバーこそプロと言える。ところが実際には、予期せぬ渋滞に巻き込まれて運行スケジュールが狂ってしまったり、ドライバー自らの意志とは無関係に会社からスケジュールを組まれてしまうのが日常的なので、のんびり走っていると仮眠する時間もなくなってしまうのが実体。社会的に優良なドライバーが育ち難い環境にある』という御意見をトラックドライバーから頂きました。
 非常に分かりやすく実体に即していると思います。問題はドライバー自身よりも職務環境にあるといって間違いないでしょう。
 しかし万一の事故を起こした際に、最も社会的制裁を受けなければならないのはドライバーです。所属している会社は保障面ではバックアップしてくれますが、ドライバーの代わりに交通刑務所には入ってくれないですし、最終的に交通事故はドライバーのミスに起因するものとして処理されます。会社の責任は間接誘因(管理責任、道義的責任や経済的責任の範囲)に過ぎないのです。
 私の言うところのプロの定義は、職業ドライバーとしての責任を自覚し、万一でも事故を起こしてはいけない、という意識でステアリングを握っているドライバーです。いかなる状況でも事故を起こさない努力を怠らず、また事故に巻き込まれないために自らが取るべきドライビング、状況判断、素人への配慮が出来ているか、ということなのです。
 自分の回りを走っている全てのドライバーは素人と考えて寛容的立場をとり、プロである自分が常に素早く正しい状況判断をし、行動をすることで、事故を事前に回避する能力を有する者がプロなのです。
 さて話を本筋に戻します。当時を回顧しつつ、360ccのマイスバルが事故に巻き込まれないように取るべき行動を検証してみましょう。
 80km/hで走るべきではないと考えたのは、当時体験的に学んだことでした。背後をトラックに脅かされる恐怖もなく、渋滞緩和に役立ち、軽自動車ドライバーも快適に高速道路を走れます。
 速度違反という罪の意識はありますが、120km/hくらいまでなら流れに乗って走ってください。単独であっても80km/hで走るよりも100km/hで走る方が事故に巻き込まれるリスクは減ります。普通に考えれば80km/hで走っている方が万一激突した際に怪我は少ないのは事実です。
 次回はその理由とマイスバルの衝撃の瞬間をお話しましょう。当たり前の事ですが、100km/hのスピードで高速道路を走るドライバーの能力とクルマの性能がないのであれば高速道路を走るべきではありません。


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